三輪惠比須神社の由緒

 三輪の惠比須神社は市場の守護神、言霊の神、託宣を司る神さまとして、多くの人々に親しまれ尊崇されてきています。日本で最初に開かれた市場は、海石榴市(つばいち)と呼ばれる市で、三輪山の南麓の金屋というところで、初瀬川の川べりに物々交換の市として開かれました。
 時代はおよそ奈良時代以前と考えられていますが、平安時代の女流作家清少納言は『枕草子』に「いちはつばいち」と述べています。有名な市場としてにぎわったのでしょう。
 万葉集にも

と詠まれていて、大勢の人が行き交う「つばいち」を舞台にして、若い男女の歌が詠み交わされていた様子がうかがわれます。
 その「つばいち」の守護神として神様も祀られていましたが、延長4年(926)7月の大雨で、初瀬川が氾濫し、そののち市は三輪の地へうつりました。その時、市の守護神も三輪に移されました。社伝に「大風、長谷山崩レ、海石榴市ニ至リ、人烟悉ク流レシニヨリ、市場ヲ三輪ニ開クニ及ビ、市神モココニ遷シ祭ル。是レ即チ当神社ノ創祀ニシテ」とありますように、海石榴市(つばいち)の守護神としての流れを受けて三輪市の繁栄とともに信仰を集め、今日の三輪惠比須神社になりました。
 それ以来、当神社は「市場神社」あるいは、「日本最初市場の神」とも呼ばれて、売り買い商業などあらゆる産業の守護神として信仰されてきてました。

御祭神

 御祭神は、八重事代主命(やえことしろぬしのみこと)、八尋熊鰐命(やひろわにのみこと)、加夜奈流美命(かやなるみのみこと)であります。
 八重事代主命大物主大神(別名大国主命)の御子神で、国譲りの談判交渉の際、父君大国主命に代わってその大役を果たされたことが、神話に語り伝えられています。八重事代主命の「コトシロ」とは「言知る」の意味で、託宣を司る神、言霊の神として崇敬されています。